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リージョナルHERO

CASE194岐阜→三重で転職

母の病気で決意したUターン。新しい仕事に挑戦する好機と捉え、「こだわらない転職」で成功。

株式会社明菱 野浪智大さん 32歳

岐阜県の電子機器メーカーに勤務していた野浪智大さんが、実家のある三重県へのUターンを決意したのは31歳の時。「いつかは帰ろう」と思っていた野浪さんの背中を押したのは母の病だった。地元で転職先を探すにあたり、野浪さんはそれまで携わってきた開発職の継続にこだわらなかった。それは、間口を広げるためというよりも、この転職を機にまっさらな気持ちで仕事を探してみたいという思いからだった。今、「ここからはもう転職するつもりはない」と言い切る野浪さんに、希望どおりの転職を実現するまでの経緯を伺った。

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CASE193熊本で転職

安定を求めて自営業から転身。経営の経験を活かし、新規事業の立ち上げに従事。

中園ホールディングス株式会社 門井直哉さん(仮名) 38歳

現在、熊本の「中園ホールディングス」で活躍している門井直哉さん(仮名)は、入社直前まで自分立ち上げた会社を経営する「社長」だった。転機になったのは、自身の結婚。自営業は収入に波がある。これから結婚するパートナーのために、より安定した会社員への転職をめざすことにしたのだ。転職の希望条件は、できるだけトップに近い立場で経営に携われる仕事をすること。そんな一見難しそうにも思える要望に真摯に耳を傾けてくれたのが、リージョナルキャリア熊本のコンサルタントだった。紹介されたのは、多角化を進める地元企業の「経営企画」。入社すると早速、新事業の立ち上げを任された。「給料をもらいながら今みたいな仕事ができるなんて本当にありがたい」と話す門井さんの表情は、生き生きと輝いていた。

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CASE192鹿児島→熊本で転職

新規事業に奔走する刺激的な毎日。業種にこだわらなかったから、成長できる会社と出会えた。

中園ホールディングス株式会社 山崎敬之さん(仮名)  31歳

山崎敬之さん(仮名)は、未知の業種にチャレンジしたリージョナルヒーローだ。以前の仕事は、フットサルコートの運営や新規開拓。だが山崎さんには、「人々に新しい生活の仕方を提案できるビジネスがしたい」という想いがあった。そして、転職活動を通じて出会ったのは熊本に本社を構え、クリーニング事業を中核として様々な事業を展開している企業。クリーニング業は全くの未経験だったが、トップのチャレンジ精神にひかれて入社を即決。現在は、クリーニング工場を運営するかたわら、大手アパレル企業を巻き込んだ新規事業の立ち上げに取り組んでいる。「毎日が刺激的。こんな環境を与えてくれる会社が地元にあるとは思わなかった」と振り返る山崎さんに、成功のポイントをうかがった。

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CASE191熊本で転職

「人と関わる仕事がしたい、福祉分野で働きたい」その希望を実現

社会福祉法人 伸生紀 沖川千裕さん 27歳

病院で医療事務に携わっていた沖川さんが転職を考えるようになったのは入社から4年が過ぎたころ。もともと沖川さんは「人と関わる仕事がしたい」という希望を胸に福祉系の大学に進学。卒業後、一旦は病院に就職したものの福祉への思いが断ち切れず、仕事のかたわら転職活動を開始した。現在は養護老人ホームなどを運営する社会福祉法人で、総務スタッフとして充実した毎日を送っている沖川さんに、転職活動時から内定獲得までの4ヶ月間を振り返ってもらった。

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CASE190北海道で転職

蓄えた能力を活かし、32歳で初めて正社員に。やりがいと責任と、それに見合う収入を入手

北海道宝島旅行社 平田聖加さん 34歳

岡山県出身の平田さんは地元の高校を卒業後、中国語を習得するために中国に留学。帰国後も目標を立てては実現し、また次の目標を見つけて努力する日々を過ごしてきた。成田空港でのインフォメーションスタッフを経て、結婚により北海道に移住してからも札幌駅で外国人旅行者向けの仕事をしながら、英語力に磨きをかけてきた。「旅行会社の正社員に」という目標を叶えるための転職活動をスタートしたのは30歳を過ぎてから。しかし不安や困難を感じることはなかったという。「どんな会社に出会えるのか、ワクワクしながら」臨めたという転職活動について伺った。

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CASE189愛知で転職

好きな仕事に専念するための転職。生活リズムも改善し、妻も大喜び

キョーイクホールディングス株式会社 中村広隆さん(仮名) 34歳

中村広隆さん(仮名)は、大手学習塾の元社員。入社3年目で拠点のトップに抜擢され、様々なエリアに異動しながら、すべての拠点を好業績へと導いてきた。だがその舞台裏はハードだった。数値目標を達成するための営業活動や売上管理、生徒・保護者の面談、講師たちの指導など、拠点のマネジメントを背負いながら、自分自身も講師として教壇に立つ日々。労働時間は朝から深夜までにおよぶことも珍しくなかった。仕事にはやりがいを感じていたものの、「こんな働き方がいつまで続けられるのか?」という疑問や、「自分の好きな営業に専念したい」という願望が年々大きくなっていったという。35歳が目前となり、結婚しマイホームも購入していた中村さんだったが、「だからこその決断だった」という中村さんに、自身の転職体験を振り返ってもらった。

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CASE188広島で転職

企業会計キャリアを活かせる仕事でワークライフバランスも実現

ドリームベッド株式会社 杉田正則さん(仮名) 46歳

他県の上場企業で監査担当役員を務めていた杉田さん(仮名)は、高齢となった両親の住む広島にUターン転職をした。しかしそこで与えられた仕事は、杉田さんのキャリアに見合うものとは言えず、さらに休日は不規則で連日の長時間勤務という環境だった。第3子の誕生をきっかけに、ワークライフバランスを見直し、本来自分がやりたかった仕事をもう一度探そうと決意する。そして上場を目指す地元企業と出会う。積み上げてきたキャリアを活かせる仕事と、家族との大切な時間をも手にすることができた転職体験談を紹介する。

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CASE187福岡→岡山で転職

父のためUターンを決意。機械設計の経験を活かし、産業用モノレール開発に携わる。

株式会社ニッカリ 品川史裕さん(仮名) 42歳

品川さん(仮名)は約12年間、設計専門会社に勤務。エンジニアとしてさまざまな分野の設計を手掛けてきた。31歳の時には、家族を連れて北九州に赴任。新しい土地での生活にもなんとか慣れてきたころ、実家の岡山で暮らしていた母が亡くなってしまう。まだまだ若いものの、一人暮らしとなってしまった父を、「一人にはしておけない」と品川さんは岡山へのUターンを決意したという。現在は実家で父、妻、子ども2人と健やかに暮らし、仕事も充実しているという品川さんに、転職後の日常について伺った。

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CASE186神奈川→静岡で転職

妻の地元で見つけた、自分と家族の明るい未来。「もっと早く決断していればよかった!」

株式会社福工房 佐野勇樹さん(仮名) 26歳

佐野勇樹さん(仮名)は専門学校を卒業後に横浜のホテルに調理師として就職。しかし、給料は低く、連日早朝から深夜にまで及ぶ勤務に、「こんな生活をいつまで続けられるのか?」という不安を抱えていた。そんな佐野さんに、入社して4年が過ぎた頃、転機が訪れる。結婚を考えていた交際相手が地元の静岡へUターンすることになったのだ。佐野さんも彼女と一緒に静岡へ移住することを決意。現在の仕事内容は以前と同じだが、労働時間は減り、給料は逆に増えた。「転職前は未来が見えなかった。でも今は、明るい未来が待っていると思えるようになりました」。そう語る表情も、静岡の太陽に負けないほど明るく輝いている。

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CASE185愛知→三重で転職

SEとして、家庭人として、このままでいいのか。38歳の決断が、やりがいと幸せをもたらした。

石原産業株式会社 藤原悠太さん(仮名) 38歳

三重県桑名市生まれのSE、藤原悠太さん(仮名)は専門学校を卒業後、名古屋のシステム開発会社に勤めていた。やりがいのある仕事と人間関係に恵まれ、やがて責任ある仕事も任された。結婚して地元の桑名に家も建て、多忙な毎日は充実の証だと思っていた。しかし40歳を前にして立ち止まる。このままでいいのか。仕事も、家庭も。悩み、考えた末に出した答えが「転職」。38歳にして初めての転職活動に踏み切ったのはなぜか。その決断によって何を手に入れたのか。転職から2年が経とうとしている藤原さんに聞いた。

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