2021.08.25
愛の決断!杉原千畝 (すぎはらちうね)
みなさん、こんにちは。
リージョナルキャリア岐阜の伊藤です。
今日は、岐阜県八百津町の高台に建つ「杉原千畝記念館」にやってまいりました。
第二次世界大戦当時、日本の通過ビザを発行することで、ナチスドイツの迫害から6000人もの
ユダヤ人の命を救った外交官、杉原千畝さん。その功績を称える記念館です。
杉原さんは、日本の外務省の反対を押し切って独断でビザを発行したため、戦後、職を追われる
ことになりますが、後年、その人道的行為が世界中に知れ渡ると、「日本のシンドラー」と称え
られ、イスラエル政府からは"建国の恩人""正義の人"として表彰されています。
ドイツ人実業家のオスカー・シンドラーは、ユダヤ人を自分が経営する工場に雇い入れることで
1200人もの命を救ったという人物。戦争が終結すると、戦犯として追われることになりますが、
助け出したユダヤ人たちから、感謝の証として「一つの命を救う者が、世界を救う」と刻まれた
指輪を贈られるんですね。
ユダヤ人のために「命のビザ」を発給し続けた杉原さんと重なりますね。
杉原千畝記念館には、「人道の丘公園」が併設されています。なだらかな芝生の公園内には、
噴水の出るパイプオルガンを模したシンボルモニュメントがあり、平和を奏でています。
杉原さんが、当時、赴任していたリトアニアのカウナス市内には、杉原さんの名前を冠した
「スギハラ通り」ができているといいいます。すごいですね。
心理学者のヴィクトール・フランクル氏は、ナチスによって強制収容所に送られた自らの
体験を『夜と霧』に綴っていますが、極限状態の中で生き延びることができたのは、
明日への希望を見失わなかった人たちだと言っていました。
命のビザで、多くのユダヤ人の希望をつないだ杉原千畝さん。
ここ八百津町で、その遺徳に触れることができました。