デジタルバンクの最前線から見る、BaaSがもたらす未来のカタチ。
株式会社みんなの銀行
取締役頭取 永吉 健一
1972年生まれ。九州大学 法学部卒業後、福岡銀行に入行。2007年のふくおかフィナンシャルグループ設立からPMI(統合後の統合戦略)に貢献し、その後約10年間、企業ブランド戦略立案や地方創生プロジェクトに携わる。2016年4月には自らが企画したiBankマーケティング株式会社を設立し、代表取締役に就任(現:取締役ファウンダー)。その後、ゼロバンク・デザインファクトリー株式会社 取締役COO(現:取締役社長)、みんなの銀行設立準備株式会社 取締役COOを歴任し、デジタルバンクの設立プロジェクトをリード。2020年12月、株式会社みんなの銀行が銀行業免許を取得するとともに取締役副頭取に就任。2021年5月の『みんなの銀行』サービス開始を経て、2022年4月からは取締役頭取を務める。“自分ではできない”が、サッカーをこよなく愛する。
※所属や役職、記事内の内容は取材時点のものです。
B2C事業【1】-デジタルサービスならではの広がりを実感。
前回のインタビューの際(編集部注:2022年1月、ページ下部『関連インタビュー』参照)、『みんなの銀行』の口座数は20万を超えたところでしたが、2023年2月現在は口座数が約55万、アプリのダウンロード数は150万を超えました。ユーザー属性はサービス開始当初から変わらず、40歳未満の方が約7割、40代を含めると9割方を占めるという構成です。
また、ユーザーは全国47都道府県に人口と同じような割合で分布しています。関東圏や関西圏、札幌、仙台、福岡といったような、デジタルネイティブと言われる若い世代が多いエリアでのユーザーが多くなっている印象ですが、全国的にそれほど大きな偏りはありません。この広がり方というのもデジタルサービスならではだと実感しています。
サービスの認知やアプリのダウンロードという点ではここまで順調にきているので、今後はアプリをダウンロードしてくれたユーザーが、いかに口座を開設してくれるか、いかにその口座を利用してくれるかという点に焦点を当てて、アクセルを踏んでいく考えです。
加えて、2022年7月にはローンサービスを開始。申し込みから借り入れ、返済まで、すべての手続きがアプリ内で完結するサービスで、こちらも出足は順調です。今後しっかり収益の柱となるよう、さらにサービスを磨いていきたいと考えています。
B2C事業【2】-「みんなの声」から、リアルな課題が見えてきた。
『みんなの銀行』はミニマルでシンプルなサービスとして展開していますが、ユーザーの増加にともなって「他の銀行にはこういう機能があるけど、みんなの銀行にはないのか」といった“物足りなさ”を抱くユーザーの声も聞こえるようになってきました。
社内では私を含む全役員や全グループ長、各部門メンバーが参加する「みんなの声委員会」を組織しており、その場でそういったユーザーの声を収集し、1件1件確認・分類しながら、優先順位を付けて改善策としてカタチにしています。
銀行の設立準備段階から、自社のエンジニアやデザイナーを中心に内製できる体制づくりに注力し続けているのも、そういった声をすぐにプロダクトやサービスに反映できるようにするためです。ユーザーの物足りなさを満たすことだけに限らず、さらに一歩先の利便性や体験を提供できるように、日々さまざまな課題と向き合っています。
まだまだ完成形には程遠いですし、むしろ、ユーザーの声にもとづいて機能やサービスをバージョンアップしていくという意味では、“完成形は無い”と言えるかもしれません。
BaaS事業【1】-A2A決済が“三方良し”のビジネスモデルを築く。
それからもうひとつ、事業の柱としているのがBaaS(Banking as a Service)事業です。私たちは2023年を“BaaS元年”と呼んでいるのですが、この4月から本格的に事業を加速させます。
BaaS事業で分かりやすい例を挙げると、『みんなの銀行』には「パートナー支店」というものがあります。その第1号支店は「ピクシブ支店」。イラストやマンガ、小説の投稿や閲覧が楽しめるコミュニケーションサービス「pixiv」における専用の銀行サービスという位置付けです。pixivを利用して作品を販売したクリエイターが収益を受け取る口座として『みんなの銀行』を利用したり、また、今後はファンがクリエイターを支援したり作品を購入する際の決済用に口座を利用できるというサービスも実装予定です。
この仕組みは「A2A(Account to Account)決済」と呼ばれるもので、「銀行口座から銀行口座に直接支払う」という形になるため、カード会社や決済代行サービスを経由する必要がありません。この仕組みを使うことで、事業者は決済手数料という実質的なコストを抑えることができ、ユーザーも、浮いたコストから生まれるポイント還元やキャンペーンといったメリットを享受することができます。そして私たちも決済手数料をいただくことで、まさに“三方良し”の世界を実現できると考えています。
また最近では、マルエツやカスミといったスーパーマーケットを擁するユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(U.S.M.H)とアライアンスを結びました。U.S.M.HのアプリにA2A決済機能を持たせた『みんなの銀行』の口座を紐付けることで、チャージ型の電子マネーやクレジットカード決済とは異なる決済体験を提供していく予定です。
BaaS事業【2】-APIの外部提供を本格化。
世の中のキャッシュレス化が加速する一方で、事業者の立場からすると、利益を圧迫しかねない決済手数料などのコストに対して課題感を持っていることも少なくありません。そこに私たちがA2A決済のような新たな機能をAPI提供していくことで、コスト改善や取引の活性化を促す役割を担えると考えています。
また、海外では銀行がAPI提供する機能を活用して、小売業者が自社の顧客に対して預金や小口融資といった金融サービスを提供するという事例も生まれています。私たちも自前の勘定系システムを持ち、世界トップレベルのセキュリティ規格(FAPI)に準拠したAPI連携基盤も開発済みであることから、こういったサービスは提供可能です。
2022年11月には、私たちにとって初めてとなるAPI外部提供として、家計簿アプリ「マネーフォワード」との連携を開始しました。今後さらに、あらゆる業態のパートナーとの連携を増やしながら、新しい機能をどんどんロールアウトしていこうと計画しています。
人材採用・組織開発【1】-10名から200名に。今後、さらに倍に。
社内の体制に目を向けると、B2C事業・BaaS事業ともに「やらなければいけないこと」「やりたいこと」は山ほどあるのですが、そのための人材がまだまだ圧倒的に足りないというのが実情です。私ですらプレイングマネージャーの状態で、がむしゃらに働いています(笑)。
現在およそ200名の体制ですが、向こう数年で少なくとも倍ぐらいにまでもっていきたいと考えています。その中でも渇望しているのは、やはり30代中盤~後半ぐらいの即戦力人材ですね。経験業界は金融に限定していませんし、職種やポジションも様々で、その方のキャリアや志向に応じてアサインしています。
その上で、目線として大切にしているのは、「お互いに一緒に働きたいと思えるか」という点です。先日も新たにジョインしてくれた社員と話す時間があったのですが、私たちがその方を採用した決め手は「この人と一緒に働きたい」と思えたことであり、その方もまた「私たちと一緒に働きたい」と思ってくれたことが決め手であったと互いに確認し合いました。
4年前には10名もいなかった組織が今や200名超の体制となり、さらに倍にしていこうというフェーズの中で、ともすると全体としての方向感がブレてしまったり、カルチャーが醸成されにくくなってしまうという恐れもあります。だからこそ、同じ想いをもって一緒にチャレンジできる人を迎え入れたいですし、そうした人たちの活躍・成長と会社の成長がwin-winの関係になるような制度の導入に加え、カルチャー浸透策にも注力しています。
人材採用・組織開発【2】-安定性と柔軟性を兼ね備えたハイブリッドな組織をつくる。
新しい人事制度については、4月から運用を始め、新制度では年功的な要素はなく、個人の能力・貢献に重きを置いた評価や報酬体系としていきます。
とは言え、“結果がすべて”といったドラスティックさを求めているわけではなく、そこは銀行の手厚さとでも言いますか、安定した部分はベースにありつつ、同時にスタートアップの柔軟性・チャレンジ精神がある、そんなハイブリッド構造のようなものをイメージしています。
ただ、事業や組織がどんどん成長・変化していく中で、10年、20年と同じカタチで走り続けるというのは現実的ではありません。3年や5年といったサイクルで、その時々に合わせて制度も見直していこうと考えています。
こうした新制度の運用や採用、組織・カルチャーづくりなどに同時にチャレンジしていくため、人事セクションは運用面での負担が大きくなってしまうのですが、それでも、できるだけアジリティ(機敏性)の高い組織をつくっていけるように、人事セクションと連携しながら、私自身、組織づくりや採用に関与していく考えです。