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大学発ベンチャーの先駆け~持続的に成長する100年企業へ。

株式会社西部技研
代表取締役社長 隈 扶三郎

福岡 更新日:2018年5月30日

福岡大学法学部経営法学科卒
1987年 株式会社西部技研 入社
1990年 米国ニチメン会社にて業務研修のため出向
1993年 株式会社西部技研 営業部勤務
1994年 東京営業所勤務
1997年 専務取締役 営業本部長 就任
2002年 代表取締役 就任
2014年 春の藍綬褒章 受章
※所属・役職等は取材時点のものです。

西部技研のコアテクノロジー“ハニカム”。

当社は大気中に存在する熱や水分、二酸化炭素、酸素、人体に有害な揮発性有機化合物(VOC)などを取り除く技術を持つ特殊空調設備メーカーです。

例えば、医薬品やリチウムイオン電池、有機ELなどの研究・開発・製造プロセスでは、大気中の水分や二酸化炭素を取り除いた環境をつくる必要があります。従来はグローブボックスに窒素などの不活性ガスを注入して作業を行っていたのですが、作業性や拡張性の悪さ、ランニングコストといった問題がありました。当社では独自の技術で開発・製造をしているデシカント除湿器を使用した超低露点コンパクトドライルームやCO2除去デシカント空調装置を提供することでそれらの問題を解決しています。

また、地球規模で問題となっている大気汚染の原因の一つであるVOCは、自動車・航空機・船舶などの各種塗装工程やグラビア印刷・建装材印刷などの印刷工程、各種電子部品・半導体製造工程などで排出されます。これらのVOCを当社のVOC濃縮装置によって無害化することができます。

当社はこれらの設備・装置を世界各国のお客さまへ提供していますが、そのコアテクノロジーは「ハニカム構造体」という特殊なモジュールにあります。ハニカムとは蜂の巣という意味で、当社はあらゆる素材をハニカム状に加工でき、そのハニカム構造体に様々な機能剤を添着することで、特別な機能を持たせることができるのです。このハニカム加工技術によって生まれるハニカム構造体が、当社のコアコンピタンスであり、成長エンジンなのです。

技術・事業の基礎を築いた父親。

当社の創業者は私の父です。もともと父は、九州大学工学部に研究者として勤めていました。父は新しいことを考えたり、発明することに長けている人で、大学での研究の傍ら、さまざまな研究開発に着手していました。

その噂を聞きつけた企業から、委託研究の依頼が入るようになり、昼は大学の研究室で働き、夜は大学の目の前に借りた個人の研究室に仲間を引き込んで、企業から請け負った委託研究を行っていました。そうして、いくつかのテーマで自分が開発した技術や製品が世の中の役に立つことを実感した経験から、今度は自分が作った製品を世に出したい、という思いが強くなっていったのです。

そして、それらの委託研究の成功で得た報奨金を元手に設立したのが当社、西部技研です。創業当初は委託研究が主業でしたが、省エネ技術の開発に着手する過程でハニカム構造体に行き着き、72年にハニカム構造体を用いた全熱交換機の開発に成功。84年のデシカント除湿ローターの開発、商品化によって当社の技術的な評価が国内外で高まったのです。

経営スタイルを転換させた母親。

父は典型的なカリスマ創業者だったと思います。自分がやりたいことをやるために会社を興し、技術的なイニシアティブをとって新しい製品を次々と生み出していく。それによって事業がどんどん成長し、基礎を築いていったわけです。世の中の中小企業はそのような会社が多いように思いますし、ゼロからイチを生み出していく時には絶対的な存在が必要にも思います。

そんな絶対的なカリスマ経営者個人のパフォーマンスによって会社が成長していったのですが、これからさらに成長していこうかという矢先に、父が癌で亡くなったのです。あっという間のことでした。私が33歳の時です。

父が亡くなった後、私の母が二代目の社長になりました。母は父が西部技研を創業するときから財務のことなどを手伝っていました。社長になった母は父の時とは違う経営スタイルに大きく転換させていきました。転換せざるを得なかったとも言えます。

母も私も技術者ではありませんし、カリスマ的に引っ張っていくことはできません。チームワークを大事にして一人一人に成長をしてもらわないと会社は成長できません。父はだいたいのことは他の人よりもうまくできましたが、母や私はそうではない。それならば皆に手伝ってもらわないといけない。そこで、意欲のある若い人たちがそれぞれの個性を発揮し活躍してもらえるような環境や仕組みを整備することに力を入れてきたのです。

ビジネスモデルを転換させた社員。

前述の通り、当社のコアはハニカム構造体なのですが、これは装置の心臓部ではあるものの“部品”です。もともとは、この部品をセットメーカーに外販するビジネスを長くやっていました。これはこれで、心臓部の開発に特化できることや、設備や人員など省資源で展開できるため、リスクが小さく経営を安定させやすいというメリットがありました。

一方で、完成品を作って販売をすると付加価値が10倍になります。ただし、それを実現しようとすると工場設備への投資や様々な人材を採用する必要がありリスクが大きい。またそれまでの販売先であったセットメーカーを競争相手に戦っていくことになります。父はそれらを嫌って完成品に乗り出すことはしませんでした。社員たちも完成品の販売に否定的な父に直言することもできず、そのうち私も含めて自社のビジネスはそういうものだと思い込んでしまい、新しい発想も出てこなかったわけです。

ところが当社に染まっていない中途社員から「ずっと部品を売っていても安定はするが成長はない。次の成長のために新しいことをやっていきたい。完成品にチャレンジしたい」そんな提案がありました。それを一番言い続けていたのが当社の現常務取締役営業本部長である下薗です。カリスマ経営者を失い、新しい成長のきっかけが必要な時でもありました。彼らの提案があったからこそ今の成長があるのです。

新しい西部技研が動き出した瞬間、と言えます。

働き甲斐があり、夢を実現できる環境づくりに力を入れる。

当社の経営理念は「独創と融合」です。個々の独自性や創造性を大事にしたい。繰り返しになりますが、私はカリスマでも技術者でもありません。私一人でどうにかできるものではない。だからこそ、様々な経験や価値観、考え方を持つ人たちに集ってもらい、それらを融合させることで新しい価値を生み出して会社を成長させていきたいと思っています。

そのためにはやはり採用・教育は非常に重要ですし、活躍してもらうための環境や制度を整えることも重要です。例えば、女性や外国人社員採用の強化、ネイティブの外国人講師による英語勉強会、希望する社員に対して博士号や経営学修士号(MBA)取得のための学費支援、九州・アジア経営塾(KAIL)やリーダーシップ研修、グロービス経営大学院など業務に直結する専門知識の獲得やビジネスパーソンとしてのビジネスリテラシーを高めるための社外の様々な研修への派遣、自己啓発活動に対しての費用支援などです。

また、働き方改革として、年に1度、土日を挟んで有給休暇を5日連続取得し9連休を実現する「ポジティブオフ制度」の導入、従業員の子育て支援のための企業内保育園運営、在宅勤務制度導入も現在検討中です。

まだまだの面もありますが、一緒に働く社員の方々にとって更に働き甲斐のある会社、夢を実現できる会社へと成長できるように取り組んでいきたいと思います。

編集後記

チーフコンサルタント
瀬川 泰明

西部技研は40カ国以上に販売網を持ち、グループ売上の6割強が海外市場という正真正銘のグローバル企業です。売上の拡大とともに海外売上比率も更に高まっていくものと思います。グローバル競争を勝ち残り「100年企業」を実現するために、技術志向のメーカーとして独自技術の追求、そして多様性のある組織づくりに本気で取り組んでおられるのがとても印象的でした。

技術の面では、創業者の研究開発に懸ける情熱・DNAを受け継ぎ、次の時代に繋げていくための研究開発拠点「西部技研イノベーションセンター(SIC)」が2018年2月に稼働を開始しました。同社の経営理念である“独創と融合”。SICで創業者と若い人たちが融合し、そこで新しい独創的な技術や製品が生まれていくことでしょう。

「100年企業」に向けた西部技研の更なる成長、そして新たなプロダクト誕生が楽しみです。

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