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北海道に根差し、「畑に近いところ」から積極果敢に挑戦を続ける。

北海道糖業株式会社
代表取締役社長 亀田 喜郎

北海道 更新日:2025年5月28日

1967年、北海道生まれ。北海道大学工学部合成化学工学科卒業後、北海道糖業株式会社に入社。本別製糖所(現・本別事業所)などを経て、国の研究機関「微生物工業技術研究所(当時)」に派遣されて約2年間、バイオ関連の知識と技術を習得。その後、北見製糖所に勤務し、1996年10月のバイオ生産部札幌工場(石狩市)新設に合わせて異動。2005年からは東京オフィスでバイオ分野の営業を担当するなど、バイオ事業に長く携わる。2022年4月に北見製糖所へ赴任後は、本別製糖所が2023年1月に砂糖生産を終了する準備に向けた業務なども担当。2023年6月、代表取締役社長に就任。土台のさらなる強化に加え、企業理念の制定や新規事業の推進など将来を見据えた意欲的な経営を展開している。
※所属や役職、記事内の内容は取材時点のものです。

「ほのぼの印」の砂糖・バイオ・アグリの3事業が柱。

私は大学時代、「化学」と名が付くものを幅広く扱う学科に所属し、中でも化学工学を専攻していました。それが後に、当社でバイオ事業に関わる上で役立つことになりました。

実は大学4年の夏頃まで、就職先についてはまったく考えていませんでした。夏休みに帰省すると、当社に勤務していた父から一度話を聞いてみないかと言われ、トントン拍子に話が進んで入社に至りました。

当社の事業の柱は砂糖、バイオ、アグリの三つ。メインは「ほのぼの印」で知られる砂糖事業で、原料となるてん菜(ビート)の栽培技術の普及・営農指導から、ビート糖の製造・加工・流通などまでを担い、国内産糖の安定供給に寄与しています。砂糖は基幹となる食材の一つなので、国として守ろうということが明確にされており、日本を含め多くの国が保護政策をとっています。

製糖用酵素「メリビアーゼ」の製造から始まったバイオ事業は、幅広い微生物の培養技術と製糖で培った精製技術を駆使し、機能性食品素材、食品・工業用酵素、医薬用原料などの受託製造を行っています。また、アグリ事業として、てん菜耕作用の農機具・肥料の開発・販売などにも取り組んでいます。

事業に取り組む姿勢は「明るく・楽しく・前向きに」。

当社の事業の中で、砂糖事業は売り上げが大きく、スタッフも一番多い部隊です。ただ、時代とともに砂糖の消費は漸減しており、てん菜の作付面積も下がってきています。そもそも製糖は季節産業で、製糖所が動くのはてん菜収穫後の秋から3~4カ月程度。この状況を踏まえた上で、できるだけ多様な工夫を重ねていくことが重要となります。

今は人手不足の問題もあるので、全体として人材を確保しながら各事業に適正な人数の配置を考えていきます。バイオ事業は新規の受託生産にも対応していますし、この事業の規模を広げ、経営の土台を支えていけるようにすることも視野に入れています。

私は社長に就任した時、「ATM」というワードを掲げてスタートを切りました。「ATM」とは「明るく・楽しく・前向きに」の頭文字で、私を含めてこの想い全社員で共有。たとえ厳しい状態でも、まずは「ATM」の姿勢で前を向き、やれることを全力でやっていくこと。社内でいろいろなアイデアを出してもらい、風通し良く、自由に働ける雰囲気・環境を何よりも大切にしています。

「北海道の恵みから 笑顔あふれる未来を あなたへ」。

当社の目指す方向性と価値観を明確に示そうと、2024年9月に企業理念「北海道の恵みから 笑顔あふれる未来を あなたへ」を制定しました。この理念の制定によって、全社員が一丸となって取り組んでいく指針ができました。

これまで企業理念をつくれなかったのは、当社の成り立ちが影響しています。芝浦製糖株式会社、台糖株式会社、大日本製糖株式会社という土台が異なる企業のビート糖部門を切り離して新しい会社を設立せよという農林水産大臣の勧告に従い、1968年に統合して生まれたのが当社です。土台の違う社員が集まっていたため、理念の策定までにはなかなか至らなかったのです。

当社には、真面目で一所懸命な社員が多く在籍しています。その中から各事業所を代表して若手を中心としたメンバーを選び、約1年かけて企業理念を検討してもらいました。メンバーは定期的に集まり、各事業所の考えをすり合わせながら、最終的に「これだ」という理念を決めてくれました。想像していた以上の企業理念ができあがり、当社の本当に良いシンボルが生まれたことをとても嬉しく思っています。

バイオ事業に加え、新規事業の拡大で今後につながる展開を。

今後の事業展開については、バイオ事業は受託製造などをメインに拡大していく考えです。そのために、バイオ生産部の北見工場と札幌工場への投資を予定しています。

また本別事業所は、私たちの仕事分野の延長線上にある新規事業系に活用したいと考えています。本別事業所は1962年に本別製糖所として操業を開始しましたが、砂糖の効率的生産体制の構築を目指して約60年にわたる砂糖生産を終了。現在は生産者からてん菜の買い入れを引き続き行うとともに、栽培情報発信や農業機材販売などを継続しています。

当社は生産者との結びつきが特に強い会社です。社員が小まめに農家を回っているので、その関係性をもとに新規商材として新たな作物にトライしようと考えています。ほかにも、バイオ事業を絡めた農業資材の開発に向け、てん菜の生育を増進できる土中微生物の探索や、農薬散布におけるドローンの活用拡大など、手を付けやすい事業は既に進めているところです。

これは私の個人的な理想ですが、本別の工場跡地に多くの人々が立ち寄りやすい「食品工場の遊園地」のような施設をつくれたらというイメージを抱いています。インターチェンジが近くて交通の拠点としても活用できる立地ですし、地域活性に貢献できる取り組みができないかと考えています。

サツマイモやイチゴなど、可能性に意欲的にトライ。

新規事業の一環で準備している作物の代表は、サツマイモとイチゴです。サツマイモは温暖化に伴い、いずれ北海道が主要産地となる可能性を見据えて苗作りから始めています。おいしくできあがっているのですが、北海道で作ったサツマイモはまだブランド力が弱くて安価となってしまうため、ブランド力アップも同時に進めるなど、まだまだ入り口の段階です。

イチゴについては日本中で足りないことが分かっています。特に、暑さのため夏イチゴが本州では採れなくなっているようで、今後は北海道に可能性があります。生食のほか菓子類への利用もありますし、イチゴは作れば売れる状況です。

こうした作物は、例えばてん菜の生産者さんがほかの収入を得る方策として、あるいは輪作の一環として、さまざまに活用いただければと考えています。てん菜を減らしてまで手がけようということではありません。

当社では、サツマイモなどの苗を効率的に生産する方法も開発しています。これは当社の培養技術を使い、無菌室があるからできることです。また、サツマイモにはキュアリング(微生物の増殖を防ぎ、品質を低下させないための処理)という工程が必要です。

収穫したサツマイモに温度・湿度を数日間与えると、表層がコルク状になって長期貯蔵が可能になります。北海道にはキュアリング設備がまだないのですが、当社の工場は蒸気がたくさん出ますから、その湿度でキュアリングもできる。持っている財産をうまく活用しながら、さまざまなことに意欲的にトライしていきます。

一番はやる気と知的好奇心。専門的な知識は後からでも。

新規事業に関しては、新設した事業開発課が担当。既に進んでいるプロジェクトもありますし、ほかにもいろいろと考えています。バイオの受託製造と新規事業を拡充し、選択と集中を徐々に進めていきます。

そのためにも、当社には人材が必要です。まずは、意欲的な人がいいですね。例えばバイオ事業といっても、当社の場合は“畑に近い”会社で、体力を使う業務もあります。試験管を扱うより、大きなタンクに菌を入れて育て、分離するということも多いので、酒蔵のような業務のイメージでしょうか。

ですから、そういった業務をいとわず、積極的に取り組んでくれる人を歓迎します。業務に必要な知識は、後付けでも問題なく対応できると思います。専門的な知識というより、やる気と知的好奇心、そして「ATM」な人と仕事をしていきたいですね。

人事制度や就業規則なども、今の時代に見合うように一部を変更しました。「ATM」の考えをもとに、一人ひとりを大事に、多様な働き方ができるように、少しずつですが体制を整備しているところです。

私が考えている当社の将来像は、気づいたら「昔はメインの事業がお砂糖だったのですね」といわれるような存在。砂糖事業だけではなく、畑に近い事業を数多く手がけている会社になりたいと考えています。そこに向かって、臨機応変に多様な事業を拡げていくには、今がチャンスだと感じています。

編集後記

コンサルタント
續 似洋

製糖業界全体の企業統合や、健康意識の高まりによる砂糖離れが進む事業環境において、亀田社長の挑戦心と従業員に寄せる信頼の高さが溢れ出るインタビューでした。

特に若手社員を中心に作成された企業理念のお話をされる際、「本当に良いものができて嬉しいです」と笑顔でお話されている姿が印象に残っています。

今後、製糖事業を核に据えながら、従業員も生産者もワクワクする新たなビジネスが北海道を舞台に展開されるのがとても楽しみで、目が離せません。

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