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リージョナルHERO

CASE165広島で転職

エントリーから内定まで2ヶ月。短期決戦で希望の仕事と家族との時間を手に入れた。

大塚メカトロニクス株式会社 細山佑樹さん(仮名) 28歳

細山佑樹さん(仮名)は新卒入社した会計事務所で監査や経理指導などを手掛けながら経理のスキルを磨き、事業会社の経理職へと転職を果たしたリージョナルヒーローだ。エントリーから内定まで2ヶ月足らずというスピーディな転職活動を経て、現在は経理職として充実した日々を送っているという細山さんに、転職活動からこれまでを振り返っていただいた。

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CASE164神奈川→静岡で転職

家族の笑顔。自分が成長できる仕事。長く働ける環境。求めていたものは、地元にあった。

有限会社新日邦  青山香澄さん(仮名) 34歳

青山香澄さん(仮名)が静岡へUターンしたのは、34歳のとき。きっかけは、父の体調不良だった。一人で看病を続ける母のことも心配になり、次の仕事を決めないまま横浜の有名ホテルを退社。実家へ戻り、転職活動をスタートさせた。希望職種はやりがいを見出していたウェディングプランナーだったが、地元では求人すら見つからない日々...。しだいに焦りが募ってきた頃に、手を差し伸べてくれたのが、静岡で転職コンサルタントをしている知人だった。紹介された地元にできたばかりのホテルは、規模も前の職場よりはるかに小さい。しかし彼女がそこで得たのは、希望の仕事だけではなく、子育てをしながら長く活躍できる、理想の未来だった。

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CASE163東京→長野で転職

51歳でUターンに挑戦。本当の安らぎと、さらなるキャリアアップを求めて

株式会社R&Cホールディングス(長野県連合青果株式会社) 高浜正弘さん(仮名) 52歳

高浜正弘さん(仮名)は新卒で就職後、ずっと同じ会社でシステムエンジニアとして働いていたが、勤務地は転々としていた。長野とアメリカ、東京を往復する生活。40代後半で、2度目の東京転勤を言い渡され、「このまま定年まで長野に戻れない」と悟った51歳の時に、長野へのUターンを思い立った。「51歳の自分を雇ってくれる会社があるのだろうか?」と不安を抱えながら転職活動を開始。しかし、東京・銀座Nagano(長野県のアンテナショップ)で開催された転職相談会への参加をきっかけに、現在の会社と出会う。「以前の職場は数万人規模の大企業。ワンフロアだけで1000人が働いていましたが、今は自分を含めて3人しかいません。年収も多少減りましたが、お金には代えられないものがここにはあります」と、高浜さんの表情はすこぶる明るい。長野へのUターン転職で手にした「お金よりも大事なもの」とは何だったのだろうか。

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CASE162広島で転職

東京への異動か、広島での転職か。迷いの中で出会えたのは、理想的な会社だった。

カルビー株式会社 大西菜穂子さん 28歳

製薬会社のMRとして広島の事業所に勤務していた大西菜穂子さん。上司に恵まれて仕事は面白く、いずれは東京の本社でマーケティングや企画の仕事をしたいという希望を持っていた。しかし地元企業に勤める男性と結婚。入社5年目を迎え異動が現実的になってくると、「異動なら夫とは別居」、「広島に残るなら転職」という選択が必要な状況に。どこか良い転職先があれば......と様々な求人を探す中で、最初の相談から数カ月を経てコンサルタントから紹介されたのは、まさに理想通りの会社だった。

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CASE161中国→熊本で転職

海外から熊本への移住。仕事のやりがいはそのままに、家族との幸福度は大幅アップ。

株式会社再春館製薬所 菅野幸介さん 37歳

菅野幸介さんは中国・上海から熊本に転職したリージョナルヒーローだ。中国では電子部品メーカーや経営コンサルタントの社員として約12年間、現地組織の立ち上げや市場開拓に力を注いできた。ゼロからビジネスを立ち上げていく仕事はやりがいに満ちていたが、その一方で、海外生活が長期化するにつれ、悩みも感じるようになってきたという。中国では毎年のように物価が上昇。また仕事は毎日忙しく、家族との時間もほとんどとれない生活が続いていた。なにより気がかりだったのは、子供の教育環境。「これからどこで育てていくべきなのか?」。夫婦でそう悩んだ末に出した結論は、妻の地元である熊本への移住だった。しかし、「海外の仕事」にはこだわりたい。そんな菅野さんに、地元企業に精通したコンサルタントが勧めたのは、化粧品メーカーの海外事業部だった。「仕事のやりがい」と「家族の幸せ」。その両立に挑戦した菅野さんの体験談を紹介する。

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CASE160北海道で転職

転職動機は「このままでいいのか」。経営陣の人柄に魅かれた決断で得た成長の場。

株式会社きのとや 山岡康彦さん(仮名) 35歳

高校卒業から15年、札幌の食品メーカーに勤務していた山岡康彦さん(仮名)は、工場長という役職にも就き、大きな不満もなく日々を過ごしていた。ただ、このままずっと同じ会社で働き続ける未来に思いを馳せた時、何かすっきりしないものがあったのも事実だった。そんな時に信頼していた上司が会社を去ったこともあり、「もしも転職先を探してみたら、見つかるのだろうか」というほどの気持ちで転職コンサルタントに電話をかけた。そして、新天地に入社して2年。山岡さんは転職前の自分を「井の中の蛙だった」と評する。今、食品生産管理のプロとして、成長とやりがいを実感する山岡さんに、転職活動を振り返っていただいた。

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CASE159静岡で転職

自営からの再出発は大成功!ONとOFFのメリハリがつき、収入だけでなく生活のサイクルも安定。

株式会社新聞堂総合研究所  米原春明さん(仮名) 31歳

静岡県内の広告代理店で働いていた米原春明さん(仮名)に転機が訪れたのは、30歳のときだった。勤務先の経営悪化を機に、仲間と二人で会社を立ち上げたのだ。しかし経営が軌道に乗らないまま1年が経過し、米原さんは再び就職することを決意した。しかし米原さんにとって5回目の転職活動。「転職回数の多さや、独立経験が不利になるかもしれない・・・」と心配していたが、リンクアンビションに相談すると、今まででいちばんスムーズに内定を獲得できたという。新しい仕事は、これまでの経験が存分に活かせるフリーペーパーの企画営業と新規事業の立ち上げ。そのうえ、「自宅で仕事をしていたときよりも、自由に使える時間が増え、家族も喜んでいます」と、晴れやかな笑顔で語ってくれた。

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CASE158東京→栃木で転職

中国から日本に留学し、就職、結婚、夫の転職。宇都宮で“自分の”仕事と出会うまで。

株式会社伊澤技術研究所 李 欣さん(仮名) 31歳

「中国と日本の架け橋になりたい」と、日本の大学院に留学した李さん(仮名)。卒業後は希望通り日本の商社に就職し、貿易実務に従事していた。しかし、結婚して夫の転職で東京から宇都宮へ移住することに。「栃木で中国語と日本語と英語を活かしたやりがいのある仕事が見つかるのか」そんな不安の中で、腰を据え、長く働ける仕事を探した李さんが、面接3社目で出会ったのは、「自分の望みにぴったり」と言う国際派の実力企業だった。

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CASE157広島で転職

自分たちの開発した製品で勝負できる。そんな提案型の営業がやりたかった。

南条装備工業株式会社 宮城寿さん(仮名) 35歳

宮城寿さん(仮名)は大学卒業後、自動車部品メーカーに就職し、入社当初は技術職、5年目から営業職としてキャリアを重ねた。やがて、大手メーカーの指示通りの部品を提供するだけではなく、「顧客のニーズを汲み取って課題解決につながる製品を提案する営業がしたい」と考えるようになった。そこで、自社開発に力を入れているメーカーに焦点をあてて、転職活動を開始。希望していた開発型メーカーへの転職を果たした。「"お客様に言われるままの製品づくり"ではなく、自分たちの力で開発した製品を提案できる。そう思うと楽しみで仕方がない」と話す宮城さんに、転職活動を振り返ってもらった。

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CASE156北海道で転職

子育てできる勤務条件と企業理念と仕事内容。全て合致の転職を実現。

株式会社INDETAIL  柴田 久美子さん 39歳

札幌のIT企業で広報・プロモーション業務に従事してきた柴田久美子さん。結婚・出産を経て、12年間勤めた会社と仕事には愛着があったが、2度目の育児休暇から復帰のタイミングで、会社から広報・プロモーション業務がなくなることに。転職を余儀なくされた柴田さんにとって譲れない条件は、二人の子どもの保育園送迎ができること。しかし、これまでやってきた仕事のやりがいも、諦めたくない。転職コンサルタントとの率直なコミュニケーションを通じ、出会えた会社とは――

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