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リージョナルHERO

CASE116愛知県→栃木県で転職

転職先の条件の優先順位は何か。私の場合は勤務地でした。

株式会社バンテック 樋山祐一さん(仮名) 34歳

群馬県出身の樋山祐一さん(仮名)は新卒で複合レジャー施設を運営する企業に入社。勤務地は愛知県で、地元である群馬県に妻子を残して単身赴任することとなった。群馬県にも事業所があり、いずれは家族のもとに帰れるだろうと考えていた樋山さん。しかし、事業所の撤退によりUターンが叶わなくなる。そんなとき、妻が第2子を妊娠、また、妻の母が病に倒れる。そばで家族を支えるべく、樋山さんは転職を決意。群馬県に戻り、自宅から近い金属フィルターの製造会社に転職を果たした。

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CASE115北海道→北海道で転職

3度目の転職は、プログラマーとして幅を広げられる納得のマッチング。

ドゥウェル株式会社 吉松保博さん 28歳

東京でプログラマーとして社会人生活をスタートし、競走馬の飼育員という異色の職業への転職をきっかけに北海道へ移住した吉松保博さん。再びプログラマーという仕事に戻ることを決めた時にも、人の優しさに触れさせてくれた北海道から離れることはなかった。そして住宅関連会社の社内SEとして一つの仕事をやり遂げた後、ステップアップを期して動いたのが今回の転職。「今度の会社では長く働きたい」と、譲れない条件を胸に転職活動。候補に挙がった会社の企業風土までよく知る転職エージェントの意見と自分の感触が一致して、短期間で満足転職を実現した。新天地で1年2ヶ月が過ぎた吉松さんにお話をうかがった。

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CASE114広島県で転職

妻が喜んでいるのが何より嬉しい。あとは仕事で結果を出すのみです。

堂本食品株式会社 奥野正史さん(仮名) 28歳

奥野正史さん(仮名)は2015年1月に鶏卵を生産する農場管理の仕事から食品メーカーの開発職へキャリアチェンジをしたリージョナルヒーローだ。"食"という括りでは同じであるが、まったく異なる仕事に就いて1年。ヤリガイや苦労、生活の変化、そしてこれから。私生活のことも含め、この1年間を振り返って頂いた。

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CASE113神奈川→長野で転職

38歳で妻の故郷へ。前職のスキルを活かせる海外営業に新たなやりがい。

シナノケンシ株式会社 星野和博さん(仮名) 39歳

名のある企業で技術職を5年、商品企画職を10年。壁にぶつかることはありつつも、恵まれた環境で充実した仕事をしていた星野和博さん(仮名)にとって、転職、ましてや地方への移住などまったく縁のない話だった。妻からの「いずれ長野に帰りたい」という言葉を聞くまでは。しかし、「38歳で条件の良い転職ができるのか」と訝りながらも「試しに」と活動を始めるや、「ぜひに」と求めてくれる今の会社と出会い、トントン拍子に入社が決まる。欧州市場を相手に商品企画のキャリアを積んできた、その経験を高く評価され、未経験の営業職に採用されたのである。長野での暮らしは思っていた以上に心地よく、「転職のために犠牲にしたものは何もない」と言う星野さん。今、思い切って転職して良かったと心から思っている。

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CASE112関西圏→香川で転職

今は大好きなモノ作りに全力投球!休日は瀬戸内海で釣りざんまい。

株式会社福本ボデー 中村龍之介さん(仮名) 30歳

中村龍之介さん(仮名)は、香川県の大学・大学院で学んだ後、滋賀に工場を持つ大手メーカーに就職。オフィス用チェアの開発に携わっていた。ユニットの担当者を任されるようになるなど、仕事は順調。自分も不満はなかった。だが、気がかりなことが1つ。奥さんが「香川に帰りたい...」とこぼすようになったのだ。その後、会社の方針転換による転勤の増加もあり、香川へのUターンを決意。大手から中小企業に転職した。そこは、全国でも珍しい特殊車両の専門メーカー。オーダーメイドのモノ作りは楽しく、休日は大好きな釣りも再開。年収もむしろ前より少し上がったという。「地方への転職は、やりがいも年収も下がるのが当たり前」というイメージをくつがえすような、中村さんの転職活動を聞いてみた。

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CASE111京都→三重で転職

転職先の条件の優先順位は何か。私の場合は勤務地でした。

カヤバシステムマシナリー株式会社 安田雄一さん(仮名) 28歳

三重県出身の安田雄一さん(仮名)は新卒で大手装備品メーカーに入社。勤務地は京都府内だったが、三重県内にも事業所があった。いずれ実家に帰ろうと考えていた安田さんの中で、そのことは入社動機の大きな部分を占めていた。しかし、入社2年目に会社組織の変更があり転勤によるUターンが叶わなくなる。そこからの安田さんの動きは早かった。「お世話になった会社に迷惑をかけないためにも、辞めるなら早い方がいい」と転職活動を開始。三重県に絞って仕事を探し、実家に近い総合機械メーカーに転職を果たした。

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CASE110東京→新潟で転職

業種も職種も初挑戦。世界も注目する包丁工房の「番頭」に。

株式会社タダフサ 滝沢和仁さん(仮名) 35歳

コピーライター、まちづくりNPO、スポーツクラブチーム運営と、東京でキャリアを重ねてきた滝沢和仁さん(仮名)。一見、関連性の薄い職歴に見えるけれども、詳しく話を聞けば「情報発信」や「まちづくり」といったキーワードが浮かび上がってくる。それは本人曰く「好きになってもらう仕事」を続けてきただけだ。そんな滝沢さんが35歳を前にして、故郷である新潟に帰ろうと決断した時に選んだ会社は、なんと燕三条の包丁工房だった。地域に根ざし、地元を大切にしながらも、世界中にファンを持つ包丁工房。その事業全体を見渡す「番頭」の仕事は、滝沢さんがこれまで積み重ねてきたスキルを活かせる場であり、もっと勉強してこの仕事で成長したいと思わせるチャレンジの場でもあった。

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CASE109福岡→熊本で転職

本当にやりたい仕事があるのなら、年齢であきらめるのはもったいない。

株式会社ほがや 上野裕二さん(仮名) 40歳

熊本にある菓子商社へ転職し、総務部課長として活躍する上野裕二さん(仮名)。総務から税務関係までを一手に任され、「とてもやりがいがある」と話す一方、プライベートでは熊本県大津町の中心部にマイホームを購入。休日は家族とともに、阿蘇をはじめとする自然豊かな環境を楽しんでいる。そんな上野さんが転職活動を始めたのは、40歳の時だったという。決して早いスタートではなかったにも関わらず、希望通りの転職に成功できたのは、自分に磨きをかけ続けてきた努力と、「パーソナル・マネジメント社」との出会い。そして、年齢を理由にあきらめるのではなく、自分の思いをかなえるために転職活動に立ちあがった、決断の賜物だった。

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CASE108宮城で転職

40代に入って決断した新たな挑戦。自分にしかできない仕事を求めた転職。

株式会社陣中 田宮ゆり子さん(仮名) 43歳

はじめに手にした仕事は上場企業の研究室での補助、庶務職。面白い仕事でそれなりのステータスもあったが、もっと外の世界を見たくて自動車ディーラーへ。出産を経て復職した次の会社は創業間もなく、立ち上げ・急成長の時期を経営中核の一人として支え続けることになった。そんな田宮さんが40歳を過ぎて新たなチャレンジの道を選んだ。安定よりも、収入よりも、刺激や仕事の手ごたえを求めた転職活動。いまそのステージを手に入れてワクワクしている様子が手に取れる田宮さんが、仕事に何を求め、何を喜びとするのか話して頂いた。

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CASE107東京→静岡で転職

Uターン転職であっても、「譲れない条件」は妥協せず、転職に成功

株式会社ブルーオーシャンシステム 山下義之さん(仮名) 28歳

静岡市出身のシステムエンジニア、山下義之さん(仮名)は東京から地元静岡市へのUターン転職を実現したリージョナルヒーローだ。東京時代は従来の技術を用いた開発案件に従事し、充実感はあったものの、より新しい分野に取り組みたい、という気持ちを抱えながら働いていた。地元への転職を決意した際のテーマは「地元であっても、経験を活かしながら、最先端の技術に触れられる環境の会社に転職する」というものだった。Uターン転職という限定された条件の中で、思い通りの仕事に就くことは難しいように思われる。しかし山下さんは自分なりの希望条件を決して曲げずに活動を続けることで転職に成功。現在は前職よりも高い満足感を持って活躍中だ。山下さんの転職活動を紹介したい。

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