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リージョナルHERO

CASE124大阪→岡山で転職

大学から、機械メーカーへ。新たなチャレンジは何歳からでも遅くない!

株式会社フジワラテクノアート 砂田直明さん(仮名) 29歳

砂田直明さん(仮名)の以前のキャリアは、「ポスドク」。ポスト・ドクターの略で、大学院で博士号を取得した後、教授のサポート役として働く「博士研究員」のことをいう。もちろん給料は出るが、期間限定の任期制。今のプロジェクトが終わった後に、次の職場が見つかる保証はない。最大の目標は大学教授になることだが、そのポストも非常に限られている...任期切れの前に、砂田さんが今後の進路について悩んだのも当然のことだった。そして決断したのが、企業への転職。年齢の高さと社会経験の乏しさから「博士は企業に嫌厭される」という噂も聞いていた。実際、転職活動を始めた当初は募集の話がなかなか集まらず、進展がなかったという。だがライフサイズを通じて「博士を求める企業」と出会い、転職に成功した。今度の職場はメーカー。自分の研究とは異なる分野の仕事だが、新たなチャレンジを楽しんでいる砂田さんにお話をうかがった。

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CASE122東京→香川で転職

故郷に帰って手に入れた、新しいやりがいと家族と過ごす時間。

株式会社STNet 高木毅さん(仮名) 31歳

北海道の大学を卒業後、東京で就職した高木毅さん(仮名)。有名企業を顧客とするマーケティングビジネスの最前線で充実した仕事をしながらも、連日の深夜勤務に疑問を感じるようになった時、「いつかは」と心に秘めていた故郷・香川へのUターンが現実味を帯びた。業種は全く問わず、面白い仕事ができるところなら、と探して出会ったのが、四国を拠点に通信・情報システム事業を行うSTNet社だった。畑違いの業界に足を踏み入れ、用語の一つから学ぶ日々だが、それも面白さ。ゆとりとやりがいの両方を手に入れた高木さんの転職をご紹介する。

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CASE121埼玉→栃木で転職

視野を拡げて出会えた会社。尊敬できる上司と働けることが幸せです。

ホテイヤトーヨー住器株式会社 佐伯涼太さん(仮名) 30歳

佐伯涼太さん(仮名)は、栃木県の地元を離れ10年以上が経過。希望のアパレル業界に就職し店長として活躍、スーパーバイザーへの昇格も手の届くところにあった。しかし両親が体調を崩したことで地元へのUターンを意識するようになる。前職を退職し地元へ住まいを移してからの転職活動に一度は行き詰まるも、転職先候補としてアパレル以外にも視野を拡げたことで、本当に求めている会社と出会うことができた。現在は栃木県本社の住宅機材商社の営業としてのキャリアをスタートさせ、尊敬できる上司と働けることが幸せと語る佐伯涼太さんにお話を伺った。

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CASE120東京→広島で転職

地元本社の世界的メーカーで、人事として活躍する道を実現した。

マツダ株式会社 村西稔(仮名)さん 37歳

村西稔さん(仮名)は東京から広島への転職を成功させたリージョナルヒーローだ。東京の大学を卒業し、東京本社の大手情報関連会社に就職。人材採用・育成関連の提案営業に携わる中で、「働く人を幸せにするための環境づくり」という役割を担う「人事」という職務への関心を深める。そして東京のコンテンツ関連の会社に人事として転職。その3年後、地元・広島へ、Uターン転職を果たした。新たな活躍の場は、世界にも多くのファンを持つ個性的なクルマを発信する、国内でも有数のメーカー、マツダだ。規模が大きくなり、人事として関わる部門・職種もさらに多彩になった中で、村西さんは日々新たな刺激と発見を受けながら成長を遂げている。

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CASE119新潟で転職

転職は、自分が本当にやりたい仕事を探すチャンスでもある。

ハーバーハウス株式会社 水嶋啓介さん(仮名) 33歳

水嶋啓介さん(仮名)は以前、小売業で働いていた。店長やエリアマネージャーとして働いていたが、子どもができてからは、転勤の多さが悩みのタネになっていたという。そこで、地元新潟に腰を落ち着ける生活を求めて退社。実家の工務店を手伝いながら、新たな進路を探し始めた。ところがいざ転職活動を始めてみると、自分が何をしたいのか、どんな仕事に向いているのかが、よくわからない。結局、1社も受けないまま半年が経過した頃、知人のすすめでエンリージョンに登録。すると担当エージェントは自分にあう仕事を一緒に探してくれた。そして紹介されたのが、ハウスメーカーの設計という仕事。未経験の職種だったが、飛び込んでみると充実感がいっぱい。今では、「やりたい仕事がやっと見つかった気がします」と話す水嶋さんにお話をうかがってみた。

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CASE118海外→静岡で転職

グローバルな仕事と、ゆとりのローカルライフ。一石二鳥の転職でした。

株式会社中部日本プラスチック 川谷五月さん(仮名) 27歳

川谷五月さん(仮名)の以前の勤務地は、カリブ海に浮かぶ小さな島国、トリニダード・トバゴ。日本大使館の職員として、日本企業の進出をサポートする仕事をしていた。しかし雇用形態は「派遣」。任期は2年と決まっており、その後にどんな道に進むのか、働きながらずっと考え続けていたという。そして出した答えは、「次は民間企業の一員として、グローバルに活躍したい」。この希望がかなうのなら、日本全国どこの会社でも働くつもりだったという。ところが、リンクアンビションから紹介されたのはなんと、地元・浜松に本社を置く会社。社員50名ほどの中小企業だが、海外取引先は15カ国。エネルギッシュな女性社長を先頭に、近年急速に業績を伸ばしていた。入社した現在は、海外営業を担当。得意の語学力を駆使して新規開拓に奮闘しつつも、なつかしい人達に囲まれた地元ライフを満喫しているという。

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CASE117宮城で転職

IT業界最先端の現場は卒業。石材会社の社内SEへの転身は大成功。

松島産業株式会社 関根聡さん(仮名) 33歳

<p>情報通信会社でインフラ・ネットワーク設計に携わって8年。業務請負という仕事の形態の中で、「自分の成長は頭打ちになるのでは」と感じていた関根聡さん(仮名)は、35歳を前に転職に踏み切る決断をした。考えていた転職先の条件に「『これでもか』というくらいピッタリだった」という仕事と出会い、業界としては全く畑違いの石材会社へ。新たに立ち上げられた社内専属SEというポジションで、自分の力をのびのびと発揮するリージョナルHEROをご紹介する。</p>

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CASE116愛知→栃木で転職

転職先の条件の優先順位は何か。私の場合は勤務地でした。

株式会社バンテック 樋山祐一さん(仮名) 34歳

<p>群馬県出身の樋山祐一さん(仮名)は新卒で複合レジャー施設を運営する企業に入社。勤務地は愛知県で、地元である群馬県に妻子を残して単身赴任することとなった。群馬県にも事業所があり、いずれは家族のもとに帰れるだろうと考えていた樋山さん。しかし、事業所の撤退によりUターンが叶わなくなる。そんなとき、妻が第2子を妊娠、また、妻の母が病に倒れる。そばで家族を支えるべく、樋山さんは転職を決意。群馬県に戻り、自宅から近い金属フィルターの製造会社に転職を果たした。</p>

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CASE115北海道で転職

3度目の転職は、プログラマーとして幅を広げられる納得のマッチング。

ドゥウェル株式会社 吉松保博さん 28歳

東京でプログラマーとして社会人生活をスタートし、競走馬の飼育員という異色の職業への転職をきっかけに北海道へ移住した吉松保博さん。再びプログラマーという仕事に戻ることを決めた時にも、人の優しさに触れさせてくれた北海道から離れることはなかった。そして住宅関連会社の社内SEとして一つの仕事をやり遂げた後、ステップアップを期して動いたのが今回の転職。「今度の会社では長く働きたい」と、譲れない条件を胸に転職活動。候補に挙がった会社の企業風土までよく知る転職エージェントの意見と自分の感触が一致して、短期間で満足転職を実現した。新天地で1年2ヶ月が過ぎた吉松さんにお話をうかがった。

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CASE114広島で転職

妻が喜んでいるのが何より嬉しい。あとは仕事で結果を出すのみです。

堂本食品株式会社 奥野正史さん(仮名) 28歳

奥野正史さん(仮名)は2015年1月に鶏卵を生産する農場管理の仕事から食品メーカーの開発職へキャリアチェンジをしたリージョナルヒーローだ。"食"という括りでは同じであるが、まったく異なる仕事に就いて1年。ヤリガイや苦労、生活の変化、そしてこれから。私生活のことも含め、この1年間を振り返って頂いた。

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