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リージョナルHERO

CASE120東京→広島で転職

地元本社の世界的メーカーで、人事として活躍する道を実現した。

マツダ株式会社 村西稔(仮名)さん 37歳

村西稔さん(仮名)は東京から広島への転職を成功させたリージョナルヒーローだ。東京の大学を卒業し、東京本社の大手情報関連会社に就職。人材採用・育成関連の提案営業に携わる中で、「働く人を幸せにするための環境づくり」という役割を担う「人事」という職務への関心を深める。そして東京のコンテンツ関連の会社に人事として転職。その3年後、地元・広島へ、Uターン転職を果たした。新たな活躍の場は、世界にも多くのファンを持つ個性的なクルマを発信する、国内でも有数のメーカー、マツダだ。規模が大きくなり、人事として関わる部門・職種もさらに多彩になった中で、村西さんは日々新たな刺激と発見を受けながら成長を遂げている。

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CASE119新潟で転職

転職は、自分が本当にやりたい仕事を探すチャンスでもある。

ハーバーハウス株式会社 水嶋啓介さん(仮名) 33歳

水嶋啓介さん(仮名)は以前、小売業で働いていた。店長やエリアマネージャーとして働いていたが、子どもができてからは、転勤の多さが悩みのタネになっていたという。そこで、地元新潟に腰を落ち着ける生活を求めて退社。実家の工務店を手伝いながら、新たな進路を探し始めた。ところがいざ転職活動を始めてみると、自分が何をしたいのか、どんな仕事に向いているのかが、よくわからない。結局、1社も受けないまま半年が経過した頃、知人のすすめでエンリージョンに登録。すると担当エージェントは自分にあう仕事を一緒に探してくれた。そして紹介されたのが、ハウスメーカーの設計という仕事。未経験の職種だったが、飛び込んでみると充実感がいっぱい。今では、「やりたい仕事がやっと見つかった気がします」と話す水嶋さんにお話をうかがってみた。

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CASE118海外→静岡で転職

グローバルな仕事と、ゆとりのローカルライフ。一石二鳥の転職でした。

株式会社中部日本プラスチック 川谷五月さん(仮名) 27歳

川谷五月さん(仮名)の以前の勤務地は、カリブ海に浮かぶ小さな島国、トリニダード・トバゴ。日本大使館の職員として、日本企業の進出をサポートする仕事をしていた。しかし雇用形態は「派遣」。任期は2年と決まっており、その後にどんな道に進むのか、働きながらずっと考え続けていたという。そして出した答えは、「次は民間企業の一員として、グローバルに活躍したい」。この希望がかなうのなら、日本全国どこの会社でも働くつもりだったという。ところが、リンクアンビションから紹介されたのはなんと、地元・浜松に本社を置く会社。社員50名ほどの中小企業だが、海外取引先は15カ国。エネルギッシュな女性社長を先頭に、近年急速に業績を伸ばしていた。入社した現在は、海外営業を担当。得意の語学力を駆使して新規開拓に奮闘しつつも、なつかしい人達に囲まれた地元ライフを満喫しているという。

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CASE117宮城で転職

IT業界最先端の現場は卒業。石材会社の社内SEへの転身は大成功。

松島産業株式会社 関根聡さん(仮名) 33歳

<p>情報通信会社でインフラ・ネットワーク設計に携わって8年。業務請負という仕事の形態の中で、「自分の成長は頭打ちになるのでは」と感じていた関根聡さん(仮名)は、35歳を前に転職に踏み切る決断をした。考えていた転職先の条件に「『これでもか』というくらいピッタリだった」という仕事と出会い、業界としては全く畑違いの石材会社へ。新たに立ち上げられた社内専属SEというポジションで、自分の力をのびのびと発揮するリージョナルHEROをご紹介する。</p>

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CASE116愛知→栃木で転職

転職先の条件の優先順位は何か。私の場合は勤務地でした。

株式会社バンテック 樋山祐一さん(仮名) 34歳

<p>群馬県出身の樋山祐一さん(仮名)は新卒で複合レジャー施設を運営する企業に入社。勤務地は愛知県で、地元である群馬県に妻子を残して単身赴任することとなった。群馬県にも事業所があり、いずれは家族のもとに帰れるだろうと考えていた樋山さん。しかし、事業所の撤退によりUターンが叶わなくなる。そんなとき、妻が第2子を妊娠、また、妻の母が病に倒れる。そばで家族を支えるべく、樋山さんは転職を決意。群馬県に戻り、自宅から近い金属フィルターの製造会社に転職を果たした。</p>

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CASE115北海道で転職

3度目の転職は、プログラマーとして幅を広げられる納得のマッチング。

ドゥウェル株式会社 吉松保博さん 28歳

東京でプログラマーとして社会人生活をスタートし、競走馬の飼育員という異色の職業への転職をきっかけに北海道へ移住した吉松保博さん。再びプログラマーという仕事に戻ることを決めた時にも、人の優しさに触れさせてくれた北海道から離れることはなかった。そして住宅関連会社の社内SEとして一つの仕事をやり遂げた後、ステップアップを期して動いたのが今回の転職。「今度の会社では長く働きたい」と、譲れない条件を胸に転職活動。候補に挙がった会社の企業風土までよく知る転職エージェントの意見と自分の感触が一致して、短期間で満足転職を実現した。新天地で1年2ヶ月が過ぎた吉松さんにお話をうかがった。

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CASE114広島で転職

妻が喜んでいるのが何より嬉しい。あとは仕事で結果を出すのみです。

堂本食品株式会社 奥野正史さん(仮名) 28歳

奥野正史さん(仮名)は2015年1月に鶏卵を生産する農場管理の仕事から食品メーカーの開発職へキャリアチェンジをしたリージョナルヒーローだ。"食"という括りでは同じであるが、まったく異なる仕事に就いて1年。ヤリガイや苦労、生活の変化、そしてこれから。私生活のことも含め、この1年間を振り返って頂いた。

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CASE113神奈川→長野で転職

38歳で妻の故郷へ。前職のスキルを活かせる海外営業に新たなやりがい。

シナノケンシ株式会社 星野和博さん(仮名) 39歳

名のある企業で技術職を5年、商品企画職を10年。壁にぶつかることはありつつも、恵まれた環境で充実した仕事をしていた星野和博さん(仮名)にとって、転職、ましてや地方への移住などまったく縁のない話だった。妻からの「いずれ長野に帰りたい」という言葉を聞くまでは。しかし、「38歳で条件の良い転職ができるのか」と訝りながらも「試しに」と活動を始めるや、「ぜひに」と求めてくれる今の会社と出会い、トントン拍子に入社が決まる。欧州市場を相手に商品企画のキャリアを積んできた、その経験を高く評価され、未経験の営業職に採用されたのである。長野での暮らしは思っていた以上に心地よく、「転職のために犠牲にしたものは何もない」と言う星野さん。今、思い切って転職して良かったと心から思っている。

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CASE112関西圏→香川で転職

今は大好きなモノ作りに全力投球!休日は瀬戸内海で釣りざんまい。

株式会社福本ボデー 中村龍之介さん(仮名) 30歳

中村龍之介さん(仮名)は、香川県の大学・大学院で学んだ後、滋賀に工場を持つ大手メーカーに就職。オフィス用チェアの開発に携わっていた。ユニットの担当者を任されるようになるなど、仕事は順調。自分も不満はなかった。だが、気がかりなことが1つ。奥さんが「香川に帰りたい...」とこぼすようになったのだ。その後、会社の方針転換による転勤の増加もあり、香川へのUターンを決意。大手から中小企業に転職した。そこは、全国でも珍しい特殊車両の専門メーカー。オーダーメイドのモノ作りは楽しく、休日は大好きな釣りも再開。年収もむしろ前より少し上がったという。「地方への転職は、やりがいも年収も下がるのが当たり前」というイメージをくつがえすような、中村さんの転職活動を聞いてみた。

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CASE111京都→三重で転職

転職先の条件の優先順位は何か。私の場合は勤務地でした。

カヤバシステムマシナリー株式会社 安田雄一さん(仮名) 28歳

三重県出身の安田雄一さん(仮名)は新卒で大手装備品メーカーに入社。勤務地は京都府内だったが、三重県内にも事業所があった。いずれ実家に帰ろうと考えていた安田さんの中で、そのことは入社動機の大きな部分を占めていた。しかし、入社2年目に会社組織の変更があり転勤によるUターンが叶わなくなる。そこからの安田さんの動きは早かった。「お世話になった会社に迷惑をかけないためにも、辞めるなら早い方がいい」と転職活動を開始。三重県に絞って仕事を探し、実家に近い総合機械メーカーに転職を果たした。

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