• TOP
  • リージョナルHERO

リージョナルHERO

CASE151東京→北海道で転職

親のため、家族のために考えたUターンが、自分の人生の幅も広げてくれた。

株式会社ハイテックシステム 武田翔平さん(仮名) 39歳

武田翔平さん(仮名)は、電気制御システムのスペシャリスト。東京時代は世界的なメーカーで10年間、生産設備の設計や開発に携わっていた。一方、私生活では3人の子どもを持ち、マイホームも購入していたが、40歳を目前に故郷・北海道へのUターンを決断した。そのきっかけは母親の体調だったが、決断の理由はそれだけではなかった。親戚もいない東京での子育ては、妻に大きな負担がかかっており、何より、「自分が育ったのびのびとした環境で、子どもたちを育てたい」という思いがわいてきたのだ。そうして実現したUターン転職は、武田さん自身に想像以上の大きなメリットを生み出したという。「仕事でも、プライベートでも、東京ではできなかったことがたくさんある」と話す武田さんに、Uターンの体験談を語ってもらった。

詳しく見る

CASE150兵庫→広島で転職

家族が一緒に暮らすための転職で、人事としてのキャリアアップも実現。

ベバストジャパン株式会社 山城浩之さん(仮名) 26歳

地元・広島の大学を卒業した山城さん(仮名)が就職したのは大手電機メーカーのグループ会社。兵庫県内の事業所に配属され、人事としてのキャリアをスタートした。ほどなくして学生時代に知り合った女性と結婚。子どもも生まれ、妻のキャリアや子育て、家族のあり方を長期的に考えた末に、広島へのUターン転職を決意する。プライベートなライフプランが転職の動機ではあったが、若い山城さんにとって、自身のキャリアをこれからどのように積み上げていくかも重要なファクター。そうした「キャリア観」を転職エージェントのコンサルタントと共有することによって成し遂げた、「100点満点の転職」の経緯を紹介する。

詳しく見る

CASE149東京→広島で転職

証券会社でキャリアを積んだ34歳。金融マンの理想と思える仕事が地方銀行にあった。

株式会社広島銀行 浅野晃平さん 34歳

証券会社の投資銀行部門でIPOやM&Aといった花形業務に携わってきた浅野晃平さんは、同部署での10年の節目にライフプランとキャリアプランを再検討する。来た道をこのまま行くか、別の道へと舵を切るのか。視野に入ってくるのは、やがて来るであろう親世代の老いの問題だ。岡山出身の自分と、広島出身の妻と、東京を離れて故郷に戻るなら、あまり遅くなりすぎない方がいい。それが無理のない結論だった。そして「いい会社が見つかるまで、1~2年かけてゆっくり探すつもりだった」という浅野さんが、転職活動開始からほどなくして出会ったのは、理想の新天地だった。

詳しく見る

CASE148三重で転職

液晶ガラス技術者として15年。リストラ・事業所閉鎖の嵐を抜け、安住の地で再スタート。

株式会社ロンビック 東山実 さん(仮名) 40歳

「前の会社が嫌だったわけでなない。できることならずっと働き続けたい会社でした」と、40歳で初めての転職を経験した東山実(仮名)さんは前職への想いを語る。15年間勤めた前職の会社は、業界の盛衰の流れに逆らえず国内事業所を閉じることになり、会社に残っても日本に軸足を置いた働き方は望めず、東山さんは転職を余儀なくされた。ずっと携わってきた液晶ガラスの世界に見切りをつけ、新天地を探した技術者の武器となる能力は何だったのか。焦る気持ちを抑えて見極めた転職先で手に入れたものは何か。その経緯を紹介する。

詳しく見る

CASE147愛知→富山で転職

自分を成長させるためにIターン転職。未知のまちでつかんだ充実の毎日。

株式会社ゴールドウインテクニカルセンター 北山宏子さん(仮名) 41歳

服の型紙を設計する「パタンナー」としてキャリアを積んできた北山宏子さん(仮名)が、次の活躍の場に選んだのは、日本を代表するスポーツアパレルメーカー。もともとは地元・静岡へのUターンを目指して転職活動を始めたが、富山に拠点を持つこの会社に興味を持ち、職場を見学すると「自分も挑戦してみたい!」という思いが湧いてきたという。「自分でも驚いています。生活のために始めた転職だったのに、41歳という年齢でこんな出会いがあるなんて。今はとにかく、自分がやりたい!と思うことをストレートにやれている喜びがあります」と話す北山さんの表情は、初めてのまちで暮らす不安も吹き飛ばすほど、充実感にあふれていた。

詳しく見る

CASE146神奈川→新潟で転職

2度目のUターン転職は、コンサルタントの提案とサポートのおかげで大成功!

一正蒲鉾株式会社 山岡久志さん(仮名) 36歳

「諦めないで良かった」と語る山岡久志さん(仮名)は、二度目の挑戦で希望通りのUターン転職に成功したリージョナルヒーロー。両親のため、新潟へのUターン転職を初めて決意したのは、32歳の時だった。「東京で働きながら転職活動をするのは難しい」と考え、7年働いていたIT企業を退職。単身新潟に乗り込んで、転職活動を始めたが、なかなか良い会社と出会えず。ついに途中で転職活動を打ち切り、東京へ戻ることになったという。だが、どうしても諦めることができなかった山岡さんは3年後に再び新潟へのUターンに挑む。最終的に、新潟移住が実現しただけでなく、社内SEという憧れの職種に就くことができた山岡さんに転職成功の秘訣を伺った。

詳しく見る

CASE145愛知で転職

新卒入社から1年余。ストレスを抱えて働くよりも、自分らしい働き方を求め、転職に成功。

株式会社システムクラフト 加藤真奈美さん(仮名) 24歳

加藤真奈美さん(仮名)は大学在学中に取得した簿記の資格を活かして事務職に就きたいと考えていたものの、新卒の就職活動では思うような仕事と出会うことができず、サービス業の販売スタッフとして社会に出ることに。だが、頑張って仕事に取り組んでもストレスばかりが蓄積し、最終的に退職を決意。そして、人生を楽しいと思えるような働き方を求めて転職活動に取り組み、自分の居場所を見つけることに成功した。現在は充実した毎日を過ごす加藤さんの転職ストーリーを紹介する。

詳しく見る

CASE144東京→岡山で転職

ライフプランを考え31歳でUターンを決意。SEから人事に転身。

株式会社林原 後藤浩二さん(仮名) 34歳

岡山から東京の有名大学に進学し、理学系の研究室で学んだ後藤浩二さん(仮名)は、システムエンジニアとして就職。人事・財務関連の大規模システムの保守・運用にチームで携わる仕事は面白かったものの、結婚を機に長期的なライフプランを考えた時、両親の住む故郷・岡山への転職を決意。SEのキャリアにはこだわらず、企業姿勢や社風を重視し、以前から関心のあった株式会社林原に採用が決まった。前職とは全く異なる職種で新しいキャリアを歩み出した後藤さんに、転職の経緯や今の仕事への想いを聞いた。

詳しく見る

CASE143東京→広島で転職

迷いのあった移住が、思いがけない出会いで実現。手に入れたのは新たなやりがいと最高の子育て環境。

株式会社広島銀行 木下麻子さん 39歳

出産・育児を経ながらもブランクなく仕事を続けてきた木下麻子さんが転職を考えることになったのは、広島に住む夫の家族に介護サポートの必要が生じたからだった。だが、夫と共に広島に移住するにせよ、仕事をしない人生など考えられない。IT・広告業界で積み重ねた人材開発の経験を活かしたい――そんな希望を伝えた転職コンサルタントが、木下さんにマッチする案件として探して来たのはなんと銀行。カルチャーの異なる業界からの誘いに最初は戸惑ったものの、銀行が求めていたのはまさに木下さんのような改革者だった。

詳しく見る

CASE141東京→長野で転職

自然に寄り添った暮らしを求めて長野移住を選択。理念に共感し、地元に根付いたユニークな会社へ。

株式会社イマージ 久村周一 さん 39歳

東京生まれ東京育ちの久村さんは、当たり前のように東京で就職し、結婚をして家庭を持って暮らしてきたが、東日本大震災を機にそこでの暮らしに疑問を持ち、自然豊かな場所で家族と一緒に暮らしたいと思うようになり、移住先を探し始めた。しかし、長野を移住先に決めて転職活動を始めたものの、なかなか思うような企業に巡り会えない――。ライフスタイルにも仕事に対する姿勢にも、自分なりの信念を持つ久村さんが、どのようにして納得のいく転職にたどり着いたのかを紹介する。

詳しく見る

PAGE TOP

求人検索
地域で探す
北海道・東北 関東 北信越 東海 関西 中国 四国 九州・沖縄
職種で探す
営業系 事務・管理・企画系 サービス、販売、運輸系 Web・クリエイティブ系 専門職(コンサルタント、金融、不動産) ITエンジニア 電気、電子、機械技術者 素材、食品、医薬品技術者 建築、土木技術者 教育、医療、福祉 その他
業種で探す
IT・通信 金融・保険 メーカー(電気・電子・機械系) メーカー(素材・消費財・医薬・食品・その他) 商社(電気・電子・機械系) 商社(総合商社・素材・消費財・医薬・食品系) 流通・小売・サービス 専門コンサル・ビジネスサービス 広告・出版・印刷・マスコミ 建設・土木・不動産 その他
面談会情報を探す