2014-11-19
誰かに伝えたいこと(三田編) ~リージョナル社長エッセイ第9回~

三重県担当のアーリーバード三田(サンダ)です。

「誰かに伝えたいこと」とはまた難しいですね~。
考えていることはいっぱいありますが、伝えたいこととなると...
「伝えるべきこと」と考えると荷が重いですが、「伝えたいこと」と身勝手に考えることにします。


最近痛感しているのが「取捨選択」、中でも捨てることです。
これは、RS社長森の研修でも感じたことです。
11月に入ってにわかに忙しくなり、年末から年度末にかけてこの調子で推移しそうです。
それが人材紹介の実績となって表れていないところが心苦しい限りですが、それはさて置き。


先週末、展示会出展、勉強会講師、セミナー講師などの仕事が重なり、「ちょっと準備不足かな」という懸念がありました。
案の定、最近京セラフィロソフィーの「手の切れるような」製品という言葉を強く意識しているのですが、その一部は決して「手の切れるような」仕事ではありませんでした。
すみません。


そこで意識したのが「捨てる」こと。
限られた時間の中で「手の切れる」ようにするには、「捨てる」ことが必要だなと。
これまでは、声を掛けてもらった感謝もあり、仕事の声が掛かると基本受けていましたが、それも限界かなと。


苦しい時期を助けてくれた仕事もありますので、どれを「捨てる」のかは非常に難しいですが、自分が自分らしい価値を発揮できる仕事、自分が楽しめる仕事を残して、そこから遠いモノから順にお断りしようと決めました。


そう決めて一つひとつの仕事を見直すと、いろいろな気付きがあります。
この仕事は、もっと深堀りできるな
この仕事は、自分以外の誰かがした方が成功確率が高くなるのではないか など


高岡さんも年齢の話を出していましたが、私も来月に46歳になります。
60歳を一つの目安と考えると残すところ14年。
「自分らしさ」を発揮できない仕事に費やしている時間はないなと改めて思った次第です。
つくづく「捨てる」ことは難しいと思いましたので、今回のエッセイでは「捨てる」ことの難しさと、そこからの発見を伝えさせていただきました。


写真は、11月14日(金)~15日(土)の「みえリーディング産業展2014」の当社ブースにて。
この展示会は、県内企業への近況報告と情報発信として来年以降も捨てずに「取る」べきだと感じました。

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株式会社アーリーバード(三重)代表の三田泰久でした。


三重県での充実した仕事と暮らしを見つけるお手伝いをします。
リージョナルキャリア三重 http://rs-mie.net/

2013-11-20
夢に日付を!

皆さん、こんにちは。三重担当の三田です。

今回のお題は「最近読んで感銘した本」ですが、私は、仕事ではもっぱら車移動であまり電車に乗りませんので、本を読む時間があまり取れません。

そんな私が日常的にどこで本を読むかというと、お風呂です。

ぬるめのお湯に長くつかりながら本を読んでいられるのは最高です。

でも、うとうとしてしまうと大変なことになりますが...

さて、私が最近読んだ本は、

・松下幸之助の漫画の伝記

・親子で学ぶ偉人伝

・初めての伝記101人 ...

です。最近、小学校4年生の娘と2週間に1回程度、週末に図書館へ行きます。

別に強制しているわけでもないのですが、本人が行きたいと言うので。

せっかく読むのであればためになる本を読んで欲しいと思って借りてくる本の半数くらいは私が選びます。

子供向けの本とあなどることなかれ、結構大人でも面白いです。

改めて松下幸之助の伝記を漫画で読み直し、親子で学ぶ偉人伝では日本の礎を築いた和気清麻呂や賀茂真淵らの功績を再認識し、初めての伝記101人では名前は知っているけど詳しくは知らなかったヘレンケラーやマザーテレサらのストーリーに涙しました。子供の本を読んでみるのもおススメです!

ここまで読んで、もしかして子どもの本で茶を濁すつもりかと思われたかもしれませんが、そんなことはしません。

ノウハウ本に分類されるかと思うのですが、何度も読んでいて、最近も読んだのが「渡邉美樹の夢に日付を!」です。

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読んだ方もいらっしゃるかと思いますし、同じようなことを書いている本もありますが、夢を言語化して書き出し、それに日付(達成予定日)を入れましょうということです。


自分が実現したい夢がカラーで鮮明にイメージできてら達成できると言いますが、その鮮明なイメージを言語化し、達成予定日を決めて、途中のマイルストーンも決めて書き出して、それを毎日眺めていたら、達成しようというエネルギーも湧いてくるし、遅れていたらその遅れを取り戻したり、計画を見直したりして進捗管理もできる。まさに人が自動目標達成装置として機能するというお話です。


成功しておられる経営者の方でも、自分が事業を始めるときに書いた20年計画の通りになっているとか、20代の頃に書いた50歳までの計画を上回るペースで進んでいるという方がいらっしゃいます。


こんな話を聞いて、またこの本を読む度に、自分も「夢に日付を!」を実践しないとと思うのですが、まだ完全にはできていません。

今回、このブログでこの本のことを話題にしたことを機に、65歳までの計画を作ってみようと思います。

今、65歳までの計画がたったの20年計画にしか過ぎないという事実に愕然としました。

ちなみに、本の中ではセットで発売されている手帳も勧めていますが、それは別になくてもいいと思います。

完全に実行しきれていない私が言うのもおこがましいですが、これを完全に実行できれば行けそうな手応えを感じていますので、皆さんも夢に日付を入れてみられてはいかがですか。

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2013-09-25
「出身は違いますが皆さんと同じ高みを目指しています!」 ~リージョナル社長エッセイ第二回~

リージョナルキャリア三重の三田です。

皆さん、リクルート時代のことを書いていますので、私はリクルートコスモス時代のことを書きたいと思います。

私がリクルートコスモスに入社したのは1991年(平成3年)。

こうして書くと社会人歴23年目で押しも押されもしないおじさんですね。

内定者時代はバブルの最後でまだ景気が良かったので大学生の内定者でも料亭でご馳走になったり、高級クラブに連れて行ってもらったりしていた時代でした。

内定者でさえこうだから会社に入ったらいったいどんな世界が待っているのかと期待に胸を膨らませている間にバブル崩壊。

不動産業だったコスモス社はいち早く影響を受け、前年までは外部の会場を貸し切ってカクテル光線が飛び交ったり、芸能人のゲストがいたりした入社式も、社内の会議室で300人の新入社員がすし詰め状態で行いました。

全社員1,200人の会社に新入社員が300人入社しましたので、5人に1人が新入社員でした。

私の配属された部署は、マネージャー1人、先輩2人、新人5人という8人の課が2つあるという超新人部隊でした。

このような状態でしたからあまり教えてもらうこともできず、まさに10人の新人が千尋の谷に突き落とされた形でスタートしました。

その谷から這い上がろうとしていた6月末にショッキングな出来事が...。

なんと4月に入社した300人の新人のうち、半数に当たる150人がリクルートをはじめグループ各社に出向(後に転籍)することになりました。

新人だけでなく先輩社員の出向もありましたので、当時の社内は毎日送別会で涙するという異様な雰囲気でした。

その節はリクルートグループの皆さんには本当に助けていただき、ありがとうございました。

ちなみに、300人いた同期は今は20人になっているそうです(22年経って、しかもいろんなこともあったのに20人もいることに逆に驚きました)。

そんなこんなで前半3年間は、社内ではリストラの嵐、社外ではバブル崩壊後の不動産不況の中での価格勝負のお願い営業の中で忍耐力を鍛えられました。

お客様のことを本当に考えられるようになったのは4年目に入ったくらいからだと思います。

不動産の法人営業には、自社保有不動産の販売や自社ビルのテナント営業もありますが、不動産仲介が大きなウェイトを占めていました。

法人顧客の不動産ニーズに合った不動産を探してくる、あるいは魅力的な不動産があればそれを題材として潜在顧客に対して企画提案するのが不動産仲介ですが、人材紹介との共通点もありますよね。

ただ、企業視点は学びましたが、当時、不動産物件視点に立ったことはもちろんありませんので、候補者視点は人材紹介との大きな違いですね。

「不動産に100点満点はない」と良く言われますが、それでもいかに100点に近い物件を探すか、企画によって不足を補うか、あるいは顧客ニーズに優先順位を付けていかに満足度の高い状態で意思決定してもらうかなどに腐心するようになって、ようやくお客様のこと、その物件を将来的に利用する社員さんやお客様のお客様のことを考えられるようになりました。

それは、今も生きていると思います。

いつかはUターンして起業を、と考えていましたので、慕っていた上司から希望していた部署に引っ張っていただいたタイミングで辞める決意をしました。

既に6年働いていましたし、自分としては最後の数カ月から1年は「地元での起業」に向けて少し足踏みしているような気がしていました。

焦っていたのかもしれません。

異動するとしばらくは辞められないと思いましたので、希望していた部署で仕事をしたいのは山々でしたが、その上司に詫びて、引っ張っていただいたことを勲章に、東京を、そしてコスモス社を後にして三重に戻りました。

コスモス社での6年間、私たちの代を最後に新人採用をほぼストップしていましたので、後輩・部下はほぼいませんでした。マネジメント力は鍛えられなかった半面、ペーペーシップは半端なく鍛えられました(笑)。

ちなみに、大学時代のクラブでも自分達の代は10人いましたが、1年下は最終的に一人になってしまったので、大学時代も1年生を2年間したようなもので、そういう運命だったのかもしれません。それだけに、若い人にペーペーシップがないとすぐに反応してしまいます。

今は、自分が地元にUターンしてどれだけ活躍できているかまだ胸を張って話せるレベルではありませんが、Uターン就職して「暮らしたい場所で思い切り働く」人が一人でも増えて地元が元気になるように、コスモス社での経験も活かしながら、候補者視点を大切にしつつ、三重県での転職支援に精進しています。

それと、今後、リージョナルスタイルが全国ネットワークを拡大していく際に、必ずしもリクルートOBだけでは難しいかもしれませんので、社長がリクルートコスモス出身で、社員もリクルートグループと関係ない者ばかりという当社がネットワークの一端をきちんと担うことは、すごく重要だと思っています。

全国各地で噴火(炎上ではなく熱が噴き出しているという意味です)していますので、三重県でもしっかり噴火させるぞ!

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2013-07-31
答えはすべて「地元愛」 ~リージョナル社長リレーエッセイ~

皆さん、こんにちは。
リージョナルスタイル(RS)グループで三重県を担当しています、
株式会社アーリーバードエージェントの三田(サンダ)です。

RSグループには、現在8名の社長がいますが、私だけリクルート出身ではありません

リクルートコスモスというグループ会社ではありますが)し、RS加盟の経緯も皆さんとは違い、

少し異色かもしれません。今回は、そんな私の起業とRS加盟をご紹介させていただこうと思います。

遡ること約30年、中学生の頃に松下幸之助さんの伝記を読んだ三田少年はえらく感銘を受け、
「いつかは自分も地元に松下電器(当時)のような電器メーカーをつくろう」と決心しました。
「地元に」というのがポイントですが、なぜかと問われると「地元が好きだから」としか
答えようがありません。
地元で働いている方は皆さんそんな感じですよね。「好き」であることに理由なんてありません。
ちなみに、社名は苗字をもじって「サンダー電器」と決め、ロゴマークもサンダー(雷)を
あしらったマークと決めていました。
高校、大学、社会人時代を通じて「いつかはサンダー電器を設立する」と周囲に
公言していましたので、いまだに「サンダー電器はどうなった」とからかわれます(笑)。

「サンダー電器」を胸に秘め、大学は工学部の電気系学科に進学し、プラズマの研究をしていました。
でも大学4年生の時に、「電気の専門性を磨くよりも人間力を磨こう」と考え直して、
リクルートかリクルートコスモスに就職しようと方向転換しました。
最終的にコスモスの採用担当の方の「うちの方が扱う金額が大きいよ」という言葉に
尻の青い私はコロッといきました。
自分の人生で「あのとき別の選択をしていたら」と思うことはほぼありませんが、
「リクルートに就職していたらどうなっていたかな」とだけは思うことがあります。

コスモスに6年間勤めて、地元で起業するために、まずは地元で一度勤めようと考えました。
高校の同級生くらいしか知り合いがいない中での起業は無茶かなと思って、
人脈作りのためにも三重県にUターン就職しました。
その際、東京にいながら三重県へのUターン就職先を探すのはすごく難しい
という現実に直面しました。
1997年でしたので、今ほどネットが発達していませんでした。

もっとも、ネットが普及した現在でもネットでは収集できない情報があり、

それをサポートするのが私たちの役割なのですが、当時はネット上の情報さえもあまりありませんでした。
幸い私は父親が地方銀行勤務で、父親の銀行関係の知人の紹介でUターン就職先を
見つけることができましたが、他の方はどうしているのだろうと思いました。


この頃から漠然と「いつかは三重県へのUターン就職をお手伝いする仕事をしたい」
と考えるようになりました。

Uターン就職した会社に約8年間勤務し、2006年に㈱アーリーバードを設立しました。
サンダー電器が消えた瞬間です。

冗談ではなく社名をサンダーバードにすることも頭をかすめましたが、

自己顕示欲が強いとか、ふざけ過ぎかなと思って踏みとどまりました。
経営コンサルティングと教育研修を主力事業として創業し、地域貢献すべく旅行業、
土産物店運営などにも業務を広げました。

2010年に「失業中の方を雇用して地域に貢献する事業であれば事業内容は
自由(フリーテーマ)」という三重県の委託事業の公募がありました。
これを見た瞬間に「これだっ!長年温めてきた『Uターン就職支援』で申請しよう」
と思いました。

これ以上に地域貢献度が高い事業は少なくとも自分が知る範囲ではない
とまで思い、すっかり採択された気になって申請書を書きました。
しかし、結果はあえなく不採択。採択案件を見ると私には大したことなく思え、
審査員の見る目は節穴かと憤りましたが、後の祭り。
しかし、頭の中に漠然とあった構想を申請書にしたことによって、出来るという自信も
生まれましたし、とにかく始めたくていてもたってもいられなくなりました。

そんなこんなで2011年4月に伊藤さんを迎えて人材紹介業をスタートしました。
やり始めるまでは根拠のない自信があったのですが、いざ始めてみると全くうまく
いきませんでした。

最初1年間は、執拗なまでにUターンの就職にこだわったにも
かかわらず、県外にいる三重県出身者にアクセスする術もなく、鳴かず飛ばずで終わりました。
2年目に入り、業績を上げられていないにもかかわらず、1人でしていることが原因
ではないかと考え、6月に中井君を迎えました。
これまで、高校同窓会へのアプローチ、広告、「みえU・Iターン就職体験記」を
自費出版したりともがいてきましたがどれも決め手にならず、にもかかかわらず社員は2人に。
どうしようと考えていると、あることを思い出しました。
入社したばかりの中井君に「リクルートのOBがUターン就職に注力している人材紹介会社を
組織化しているという記事を思い出したのでその会社を探して欲しい」と依頼し、
たどり着いたのがリージョナルスタイルでした。

最初、中井君がリージョナルスタイルに電話した時はまともに取り合ってもらえず、

切られそうになった電話を何とか粘り、前述の「みえU・Iターン就職体験記」を郵送して

当社の本気度をアピールして、何とか丸山さんとの面談に進みました。
当時の当社にはイニシアルコストもランニングコストも決して安い買い物では
ありませんでしたが、丸山さんとの面談の日に「入れてもらえるのであれば
加盟させてもらおう」と私の中では即決していました。
「暮らしたいところで思い切り働く」という考え方に100%賛同しましたし、私たちを
受け入れてくれそうな温かさとか柔らかさを感じました。
その後、高岡さんと植田さんにも三重に来ていただいた際にお目にかかって、
2012年10月にリージョナルスタイルに正式に加盟させていただいた次第です。

私は、一生懸命考えて一生懸命動けばきっと報われると信じています。

一生懸命に営業活動していれば、それが実ることも勿論あるし、

それが実らなくても全然違うところから良い話があったりして、

神様は見てくれているんだなと思うことがよくあります。
RS加盟も他の活動でいろいろもがいてきたから巡り会えたのであって、そのおかげで
今があるのだと。

RS加盟前後では、意識にも行動にも天と地ほどの違いが生まれています。
「RSに加盟していなかったら」と思うとぞっとします。

今、アーリーバード全体で15名になり、個人商店から組織への転換点、越えたつもりで
越えていなかった10人の壁などに直面していて大変なこともありますが、

楽しい仲間と地元で好きな仕事が出来ているので毎日が充実しています。
一緒に働いている仲間の中にもUターン就職者が何名かいます。
今後も、地方では限りのある働く場を提供し続けられるようにもっともっと成長しようと
思っています。

それでも当社の社員数には限りがありますので、人材紹介業でもどんどん三重県にUターンしてもらう。
私たちは『県外に貸してある三重県人材を取り戻す』『本気で三重県を元気にする』を
スローガンに掲げて、今日も頑張っています。

なぜUターンしたか、なぜ起業したか、なぜUターン就職支援をしているか。
起業には自己実現という思いもありますが、でも答えはすべて「地元愛」です。
地元が好きだからUターンし、地元が好きだから働く場となる会社の成長を追い求め、
地元が好きだからみんなに帰って来て欲しい。
以前は「地元=伊勢志摩」でした。今は「地元=三重県」と考えています。
将来的には「地元=日本」と考えられるようにRSの皆さんと共にグローバルに活躍したいですね。
「地元=地球」となる宇宙規模のことまではなかなか想像できません(笑)。

これを書いていて、私は自分の原点に立ち返ってすごく元気になりました。
今から思い切り仕事します。皆さんにも少しでも元気をお分けできていたら嬉しく思います。

次は、静岡で飛ぶ鳥を落とす勢いの渡辺圭介社長にバトンをリレーします。

写真は、以前の観光シリーズに戻ってしまった感がありますが、今年、
20年に一度の遷宮を迎える伊勢神宮の遷宮行事のひとコマです。

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リージョナルキャリア三重 http://rs-mie.net/

2013-04-23
伊勢ばかりではない三重の魅力!

はじめまして。
みなさんこんにちは!
リージョナルキャリア三重の中井です。


今回は三重のホットな情報をお届けします!


前回(2013年2月)の三重の紹介では伊勢神宮についてでした。
三重と言えば伊勢神宮をイメージする方がとても多いですよね。


ただ。三重は伊勢神宮ばかりではないのです。
そう、四日市があるじゃないですか!


「あの四日市ぜんそくで有名な?」
違います!確かに社会の教科書には大々的に乗ってしまっているので
世間のイメージは公害かもしれません。


ただ、もちろん公害は昔の話ですし、今は三重最大の都市としてクリーンに

三重の経済を支えています。
現在でも公害のイメージからの脱却を目指し、街をあげて四日市のイメージアップに奔走しています。


という事で、伊勢出身の私が(笑)、四日市へどしどし来ていただけるように
頑張って四日市周辺のおすすめスポットを紹介させていただきます!


今回紹介するのは東名阪自動車道「四日市IC」を下りて車で約15分の「片岡温泉」です。


この「片岡温泉」ですが最近、「アクアイグニス」という名称で大々的に新施設がオープンしました。

建物は一見、これが温泉施設?と思えるような都会的雰囲気があります。
外観、内装等は有名な建築家やアートディレクターが関わったそうです。

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この「アクアイグニス」は今、TV等でもよく取り上げられる程、

旬なスポットとして注目を集めています。


というのも、あのカリスマパティシエの辻口博啓氏が世田谷に出していたお店、
「マリアージュ ドゥ ファリーヌ」が昨年、このアクアイグニスに移転してきたのです。


私が行った時も、開店1時間前にもかかわらず行列ができていました。

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今回は妻と子供でケーキを食べました。

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そして元々、温泉施設だったという事なので当然、温泉にも入ってきました。

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温泉につかった後は隣接するビニールハウスで栽培したイチゴを使ったイチゴ牛乳と
ミックスジュースを飲みました。背景の家具も何気におしゃれですね。

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実はこの温泉施設には宿泊棟も隣接しており、1泊5500円という値段設定もあってか、
休み前ともなると数か月先まで予約でいっぱいだそうです。


温泉施設の入館料も600円と大変リーズナブルでリピーターも多そうです。


そういう私もこの1か月で3回行きました。
内1回は四日市事務所から伊勢の自宅への帰宅時に

どうしても温泉に入りたい衝動に駆られてしまいました。


全力で仕事をし、帰る前に温泉で癒される。
三重にはこんないいところがあります。


リージョナルキャリア三重(株式会社アーリー・バード・エージェント)
中井 博文

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2013-02-05
三重からお届け!知る人ぞ知る伊勢神宮の別の顔

こんにちは。


リージョナルキャリア三重の三田です。
今回は、三重から知る人ぞ知る伊勢神宮の別の顔についてお届けします。

伊勢神宮には、朔日(ついたち)参りと言って、毎月1日に早朝から参拝する習慣があり、

地元の方を中心に、一部観光客の方も含め、毎月大勢の方がお参りします。


今回は2月の朔参りを現地レポートします。

リージョナルキャリア三重の4名で6時に事務所に集合して、伊勢神宮の内宮に向かいました。
ちなみに6時過ぎだと遅い方です。


腹が減っては参拝は出来ぬ、とまずは腹ごしらえ。
朔参りに合わせて、すし久というお食事処では、毎月1日だけ早朝から月替わ粥定食を出しています。


ちなみに、2月は朝熊小菜粥。

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粥で温まって、いよいよ参拝に向かいます。まずは内宮・宇治橋前で記念撮影。

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宇治橋の下を流れるのは五十鈴川です。心が洗われます。

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お参りをする前には、御手洗場で手と口を清めます。

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伊勢神宮では、正殿前の石段より上では写真撮影ができませんので、

その様子をお見せすることはできませんが、今回私たちは正式参拝をしてきました。
正式参拝とは、御垣内参拝とも言いますが、神宮の造営資金を寄付した方にお礼として、

普通は入れない御垣の内側(分かり易く言うと賽銭箱の奥)に入って参拝できるというものです。
ここに入ってお参りすると、本当に清々しい気持ちになります。

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伊勢神宮は20年に一度、建て替えられ続けていることをご存知ですか。
これを遷宮と言います。その20年に一度の建て替えが今年、平成25年に行われます。


現在建て替え工事中の新しい正殿がこちら。

今年10月の遷御の儀で御神体が新たな正殿に遷られてご遷宮が完了します。

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伊勢神宮内宮の正殿には祭神である天照大神の静なる魂が、荒祭宮には荒ぶる魂が祭られています。
そのため、荒祭宮は商売の神様と言われていますので、正殿の次は荒祭宮で商売繁盛を祈願。

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朔参りの名物は、朔粥だけではなく、赤福が毎月一日に発売する朔餅もその一つ。
2月は立春大吉餅と呼ばれる、黒大豆と大豆と用いた2種類の豆大福です。
荷物になるので帰りに買おうと思っていたら不覚にも売り切れていましたので、ショーケースをパチリ。

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ちなみに、来月3月はよもぎ餅。

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例月は、早朝でも人でごった返しているのですが、2月は1年で最も寒い朔参りとあって、

おはらい町もおかげ横丁も人影はまばらでした。

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伊勢神宮の朔参り、いかがでしたか。
こんな清々しい伊勢の観光もいいですが、思いきって働いてみたり、住んでみたりするのはいかがですか。

リージョナルキャリア三重/株式会社アーリー・バード・エージェント

三田泰久

三重へ転職するなら → http://rs-mie.net/

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